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世界的カードゲームの殿堂入り選手はいかにスランプを乗り越えたか

トレーディングカードゲーム(TCG)や将棋、囲碁、麻雀など、ポーカー同様に高い思考能力を用いて競われる「マインドスポーツ」。当連載「マインド加圧トレーニング」では、各分野のプロプレイヤーが日々どんな練習をし、いかにメンタルと技術を鍛えようとしているのかを探る。 今回は、TCGの祖にして世界的な人気を誇る『Magic: The Gathering』(以下、『マジック』)プロプレイヤーの八十岡翔太氏に話を聞いた。 彼は数々の世界大会で優勝を果たし、2006年には優れた功績を残したプロ選手に贈られる「プレイヤー・オブ・ザ・イヤー」を受賞。その後、2015年には影響力の強いプレイヤーに贈られる「プロツアー殿堂入り」の称号も獲得している。 高い思考力と集中力、判断力が試される『マジック』において、15年もの長き間活動を続ける八十岡氏。時には第一線から退き、幾度となく転機を迎えながらも走り続けてきた。彼はどのようにメンタルをコントロールしながら、スランプを乗り越え、モチベーションを保ち続けてきたのだろうか。

――八十岡さんはこれまで数々のビッグタイトルで優勝されていますが、大会に挑む時、緊張されることはあるのでしょうか?

八十岡翔太(以下、八十岡) 僕個人はメンタルの波が小さく、プレイへの影響がほとんどないタイプだと思います。周りからも「メンタルが強い」とはよく言われますね。

厳密には、若い頃は大一番にさしかかった時の"緊張"を自覚していませんでした。勝てば「プロツアー」(※年間で一番大きい世界大会)の出場権が得られる試合や、初めての世界戦でも「今振り返ると緊張していたかな」という感じです。目立った体調の変化や、緊張ゆえのミスなどはなかったように思います。

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大会の規模の大きさゆえに......というよりも、『マジック』が世界的なゲームなので、初めの頃は外国人と戦うということに緊張していたかもしれません。当時は英語があまり喋れなかったですし、日本のTCGプレイヤーにはあまり見ないようなマッチョでタトゥーの入ったプレイヤーなどがいて、気圧されたりもしました(笑)。

ただ、そういった緊張も場数を踏んで慣れていくことで、自分にとってほどよいメンタルを保てるようになりました。長くプレイしていると、知り合いも増える。今では試合前に歓談を楽しむこともあります。

――『マジック』では海外で行われる大会なども多いです。普段と違った環境下に、いつも通りのコンディションで挑むために意識することはありますか?

八十岡 海外では飛行機疲れや時差ボケなどもあるので、まずは体調を整えることが第一優先です。また、一種の精神統一に近いルーティンもあります。

前日の夜に自分のデッキ(ゲームで使用するカードの束)を新品のスリーブ(カードを保護するカバー)に入れ替えるのですが、新品のスリーブは手触りが良くないので、手に馴染むまでシャッフルして一人回し(自分のデッキだけを使い、ゲームの流れをシュミレーションする行為)を繰り返します。

大体気づいたら2時間くらい経っているので、気持ちが一段落ついたら寝るようにしていました。ほぼすべての大会で習慣づけていましたね。

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直感を信じることの正しさに気づいた

――お話をうかがうと、場数を踏みルーティーンを確立することで、メンタルがより強固になったように思えます。

八十岡 それでも、自分の中でメンタル面での転機はありましたよ。

僕は2005年まで、国内の大きな大会に出場するレベルのカジュアル・プレイヤーでした。2006年にプロデビューし、2006〜2008年はプロとして海外の大会を回っていたのですが、2008年があまり勝てない1年間だったんです。

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――2008年にスランプの時期が訪れた、と。原因はなんだったのでしょう?その以前である2006年は「プレイヤー・オブ・ザ・イヤー」を獲得するなど絶好調でしたよね。

八十岡 当時、勝負に出ないプレイを繰り返していました。カードゲームは確率と直感の勝負。基本的には確率ベースで判断することが多いのですが、慎重になりすぎてしまい、気持ちが負けていたんだと思います。リスクを取って勝負するべきタイミングを逃していた。

そこから自分のプレイを見直して、「何故勝てないのか」「自分のプレイの何がダメだったのか」を真剣に考えて、自分の中で納得して乗り越えていきました。

――どうやって"勝負に出ないプレイ"から"勝負に出るプレイ"へと改善していったのかが気になります。

『マジック』のデジタル版である『Magic Online』(以下『MO』)をひたすらプレイし、直感を研ぎ澄ます訓練をしました。

ゲームにおける直感とは、相手の機微や表情を含めたサインを見逃さない洞察力なのでは、と気づいたんです。スランプ時期の自分はそのサインを無意識的に見過ごしていて、何度か大事な場面で自分の直感に逆らい、セオリー通りの"確率が高い"選択をして負けてしまっていた。

『MO』はリアルと比べて圧倒的に対戦相手の視覚情報が少なく、相手が考える時間の長さなど、ちょっとした反応がヒントになります。僅かなサインも汲み取り、自分の直感を信じられるようになったことで、ひとつレベルが上がったと実感しています。試行回数も多くなったことで、より『マジック』のベースとなる力がつきました。

また当時は、将棋や囲碁のプロがやるような多面打ち(複数の対局を同時に行う練習)を『MO』でやったりもしました。思考をルーティーン化し、頭の回転速度アップと、プレイの精度アップを同時に実現しました。その甲斐あってか、2009年には『MO』の年間タイトルとなる「プレイヤー・オブ・ザ・イヤー」も獲得できたことも次の自信につながりました。

こうやって直感を信じることの正しさに気づけたことが、ひとつの転機だったと思います。

仲間との体験を通じて、ゲームを盛り上げていきたい

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――ゲームの試行回数を増やしてベースとなる力を向上させると同時に、そうした力量と経験に裏打ちされた直感の正しさを確信できるようになったわけですね。では、ご自身の課題を乗り越えられて以降『マジック』に対するモチベーションに変化はありましたか?

八十岡 実は、2011〜2014年は『マジック』を片手間でやる程度にモチベーションが下がっていたんです。しかし2015年頃から、日本国内でも『マジック』のスポンサーになる企業が登場し始めました。僕も『マジック』の国内大手ショップ・晴れる屋がスポンサーである「Hareruya Pros」に所属し、その後は「Team Cygames」に入って4年目になります。日本のプロチームが出来て、みんなを集めて練習会をやったりする中で、自分のモチベーションは変わっていきました。

以前は「自分が勝ちたい」だったのが、「『マジック』をもっと盛り上げたい」や「友人を勝てるようにしてあげたい」「みんなで勝ちたい」という気持ちが強くなりました。

やはり、何事も一人だと限界があり、コミュニティや仲間を作るのも大事です。基本的に、人は「ゲームが面白いから」という理由でひとつのゲームを続けていくのは難しいと思います。友人と一緒にイベントに行って、勝った、負けたっていう話をしながら、飯を食って帰るとか......そういう体験を通じて、ゲームは盛り上がっていくんじゃないでしょうか。

――では、仲間たちとゲームの世界を盛り上げていく先で、八十岡さんが期待するのはどういった未来でしょうか?

八十岡 自分の夢になりますが......『マジック』がもっと広がって賞金1億円規模の大会が開かれ、その大会で勝つことです。「『マジック』が面白いから広げたい」という気持ちがあって、それが広がっていけば自然と人やお金も集まってくることになります。その時に、自分がその恩恵を受けられる立場にいたいんです。何よりも、僕は『マジック』や『マジック』の大会が楽しくて好きなんですよね。

自分たちがいる世界が世に広がってほしいと思うのは、ポーカーでも、麻雀や将棋でも、運営などに携わる方みんなが持っている思いなんじゃないでしょうか。

あと、僕個人は毎年、成功率50〜70%くらいの達成目標を設定しています。この目標設定に対して、頑張って行動して達成できればモチベーションも上がっていきます。だから、低すぎず高すぎず、ただちょっと努力する必要がある目標を持つことが大事だと思います。常に目標があるからこそ、僕もずっとモチベーションを保てているんです。

■プロフィール

八十岡翔太(やそおか・しょうた)

世界的人気を誇るトレーディングカードゲーム(TCG)『Magic: The Gathering』プロプレイヤー。プロチーム「Team Cygames」所属。2006年よりプロとしての活動を本格化し、同年にその年で最も強いプレイヤーに贈られる「プレイヤー・オブ・ザ・イヤー」を受賞。2015年にはマジック・プロツアー殿堂入りを果たすなど、その強さは折り紙付き。また、玩具関連会社にてTCG開発にも携わっている。

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