Topics

画像:人は「あと一回プレイすれば勝てる」から抜け出せるか?
  • twitter
  • facebook

人は「あと一回プレイすれば勝てる」から抜け出せるか?

テキサスホールデムをはじめ、将棋や囲碁などの高い思考能力を伴う「マインドスポーツ」にまつわるギモンを、専門家が紐解く連載「マインドスポーツアカデミア」。今回は「人はなぜ“運任せ”なゲームに興奮してしまうのか」を、認知心理学について研究する森川和則氏に伺った。 ポーカーで「イチかバチか」の運試しの状況を乗り越えた瞬間の達成感や爽快感が、なぜプレイヤーを虜にするのだろうか。

――まず、森川先生の専門分野である認知心理学についてお聞かせください。

人間が視覚や聴覚の情報を通して周囲をどう理解し、行動するのかを研究しています。「人がなぜギャンブルにハマってしまうのか」という研究もその一環です。

例えばスロットマシンの賑やかな音や、競馬で聞こえてくる他者の歓声。人を興奮させるような環境下でたまたま勝ってしまうと、環境音や雰囲気とともに「華々しい成功体験」が記憶され(心理学で"条件づけ"と言います)、ハマるきっかけが生まれます。

そこから過度に何度も足を運び、成功体験を求めてしまうようになると、ギャンブル依存症になってしまう。そのように行動と環境の関係を心理的に分析することが、我々の研究テーマです。

――ギャンブルに限らず、人はくじびきやルーレット、ガチャガチャやババ抜きなど「運任せ」のゲームにのめりこむことが多い印象です。心理学の観点では、そういった行動のメカニズムをどう捉えるのでしょうか?

そこに一定のチャレンジ要素があるからこそ白熱する、と言われています。まず、人は100%成功する課題や、100%失敗する課題にはあまり熱中しません。しかし成功率が40〜50%の課題になると、人は「ギリギリうまくいかないかも」という状況でのリスクを楽しむ傾向があります。

また、たとえ結果に影響がなくとも、参加者自身に意思決定やアクションを委ねるギャンブルには、一層熱中度が高まる傾向にあります。そこには、ランダムでコントロール不可能であるものを「ある程度自分の実力でコントロールできる」と思い込んでしまい、過度に期待してしまう「制御幻想」という現象が関係しています。

ここで、私たちの研究室が過去に行った実験をご紹介しましょう。

制御幻想にまつわる実験 自分が運命を動かしていると思い込むこと

我々はギャンブルの満足感や熱中感が何から生じるかを調べるために、二つのルーレット装置を用意しました。

賭博行動_ルーレット.png

どちらも参加者がスタートボタンを押すと球が円の内側を回転し始めます。一つは参加者が手動で「減速開始」ボタンをクリックできる「手動停止」の装置。もう一つはスタートボタンしかなく、ボールの減速開始を参加者自身が決められない「自動停止」の装置です。ボールが停止したところの数字が毎回の損益金額になります。これを用いて数十回の試行を行なってもらいました。

「自動停止」装置ではスタートから減速開始までの時間はランダムに選ばれ、停止位置もあらかじめ決まっています。他方で、実は「手動停止」では「減速開始」ボタンを押すタイミングだけは参加者がコントロールできますが、減速開始から停止するまでの速度変化と移動距離(停止位置)はあらかじめ決まっていて、「自動停止」の装置とまったく同じ結果になるように条件を設定しています。つまり、自動でも手動でも数十回の試行のトータルの結果は全く同じになります。ただし、参加者はこのことを知りません。

40人に実験に参加してもらいました。そして、自動・手動それぞれに「勝率約64%」を設定した装置と「勝率約36%」を設定した台を用意。参加者たちには「減速開始からストップするまでの移動距離がランダムに決まる」ことだけを伝え、ルーレットを体験してもらいました。

スクリーンショット 2021-09-01 18.30.25.png

実験後、参加者にアンケートをとったところ「ゲームへの満足感」は勝率を高く設定した装置を使った参加者の方が高く、手動・自動による変化は比較的小さかったのです。

しかし「ゲームへの熱中感」や「ゲームの制御感(自分がゲームをコントロールできていると感じたか)」は「手動停止」の装置を用いた参加者の方が遥かに高い結果が出たのです。しかも「熱中感」と「制御感」は自動・勝ち条件よりも手動・負け条件のほうがずっと強かったことから、勝ち負けではなく能動的な関与が熱中感と制御感を高めることが判明しました。

この結果から、ギャンブルの結果に差がなかったとしても「自分で何かしらのアクションを挟む」場合に制御感と熱中感が高まることが実証されました。また「自分でコントロールできる」という思い込み(制御幻想)が熱中感に強い影響を及ぼすことも示唆されたのです。

――なるほど、このように制御幻想が強くはたらくシーンは身の回りにも多そうですね。

顕著な例は宝くじやロトではないでしょうか。当選結果はランダムで、買い手も結果をコントロールすることは不可能ですよね。ですが、自分で数字を選んだり「よく当選者が出る」と言われる売り場を選んで買ったりする方が、なぜか当たる気がしてしまいます。そして良い結果が訪れると「選択は正しかった!」とテンションが上がりますよね。

冷静に考えればどこでどう買っても当選率が同じはずなのに「自分で選ぶ」行為が挟まることで、あたかも自分が当選率を上げているような気分になる。この感覚があるからこそ、宝くじは多くの人にとって魅力的なコンテンツとなるのです。

「あと一回やれば勝てる」から冷静さを取り戻すには

――ポーカープレイヤーの中にも、調子が悪いと感じた時にすぐ退散するタイプと、諦めきれずに「次こそは勝てる」と勝負に挑み続けるタイプがいます。後者のようにのめり込む人には、どういった特徴があるのでしょうか。

三つの性格特性に該当する人が多いです。

一つ目は後先考えずに行動する衝動性の高い人。無計画に目の前のことに飛びついてしまう傾向にあります。二つ目は、刺激や興奮を求める刺激希求の強い人。新しくて面白いものを欲しがるなど、刺激をとにかく欲するタイプが多いです。そして三つ目は、気分が落ち込みやすい人。不安から脱出するために、短期的な興奮を求める傾向にあります。

逆に刺激希求が低く、衝動的な行動をしない、憂鬱さを普段からあまり感じない人は「イチかバチか」の状況に没頭しにくいです。

――そういった性格のタイプ、というのは年齢を重ねるごとに変化したりするのでしょうか? 例えば衝動的に行動する人が、徐々に落ち着いていったり......。

いくつかの性格特性は、ある程度遺伝的に決まっていると考えられています。衝動性が高い人は一生高く、低い人は一生低いままであることが多いです。もちろん育った環境や人生経験、周囲の人間関係にも影響されますが、あまり途中で大きく変わることは少ないです。

――では、我を忘れてプレイに没頭してしまうタイプの人は、行動を制御しようがないのでしょうか?

性格を根本的に変えることは難しいですが、以下のことを意識するだけで、自分の行動を制御することはできると思います。

◎長期的な損得に注目すること

勝った経験ばかりを覚えている人は多いのですが、負けた経験も覚えておくようにすることで「次こそは勝てる」という期待を抑えることに役立ちます。

具体的には勝敗を記録し、長い目で見たときにどれくらい損しているかをグラフ化しておくことは効果的です。自分の損益を長い目で記録することで、冷静さを取り戻すことができるでしょう。

◎"認知の間違い"を知ること

先述した制御幻想の仕組みの他にも、「自分の才能だ」と思い込んでしまうメンタルの錯覚を把握することで、過度な期待をセーブすることができます。錯覚の代表的な例をご紹介します。

・運資源

「運」を生まれ持った資源として捉えること。

(例:自分は運が良い・悪いと思い込む/運の悪いことが続いたから次は運が良くなると思い込む など)

・錯誤相関

二つの事柄に因果関係はないのに、関係があるように思い込んでしまうこと。

(例:家を出るときに右足から踏み出すと1日がラッキーになる/左手ではなく右手で札を配ると勝ちやすい など)

・帰属バイアス

失敗の原因について偏った理由を求めること。

(例:ゲームに勝った時は「自分の実力のおかげ」と思い、負けた時は「単に運が悪かった」と思ってしまう など)

・ギャンブラーの誤謬

本当はランダムなのに「今までの結果から、将来を予測できる」と思い込んでしまうこと。

(例:ルーレットで赤の目が8回続けて出たから、次は黒の目が出ると思い込む/勝ち続けている時は「次も必ず勝てる」と思い込む など)

宝くじやルーレットのような完全に「運任せ」のゲームもある一方で、将棋や囲碁のように運要素がほとんどなく、実力で決まっていくゲームもあります。

ポーカーは、運と実力がミックスされ、ちょうど中間地点に位置するゲーム。運とスキルの両方が絡んでくるからこそ、ポーカーに魅力を感じ、熱中する人が多いのかもしれません。

これらの考え方を理解し身につけておくことで、過度にのめり込み過ぎてしまうリスクはある程度抑えられると思います。

――自分自身を客観的に捉え、冷静さを保ち続けることが、ポーカーを節度をもって楽しむことにつながるのですね。本日はありがとうございました!

■プロフィール

森川和則(もりかわかずのり)

大阪大学 大学院人間科学研究科 教授。東京大学文学部心理学科卒、同大学院心理学修士課程修了後、米国の名門スタンフォード大学に留学し心理学博士号を取得。人間の視覚情報処理研究を専門とし、視知覚の心理学研究(錯視、化粧による顔の錯視効果、服装による体型の錯視効果、顔の知覚、物体認識)および認知心理学研究(視覚記憶、心的イメージ、思考、判断など)を行なう。

初心者でも楽しめる!

ページトップ