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緊張や焦りにも「良い/悪い」がある
トレーディングカードゲームや将棋、囲碁、麻雀など、ポーカー同様に高い思考能力を用いて競われる「マインドスポーツ」。当連載「マインド加圧トレーニング」では、各分野のプロプレイヤーが日々どんな練習をし、いかにメンタルと技術を鍛えようとしているのかを探る。「東京女子プロレス」所属のプロレスラーである坂崎ユカ氏は近年、団体の垣根を超えて海外からのオファーも増えている。どこで、どんな選手と対峙する時でも怖じけずくことなく、果敢に勝負へ挑むメンタリティ。その根底にあるものとは。
――まず、すごく素朴な疑問ですが、プロレスは「相手の技を受けてなんぼ」の世界ですよね。怖くないんですか?
そりゃ急に槍とかが飛んできたら怖いですけど(笑)、技が来るとわかれば受け身が取れるので。受け身は練習と実践を重ねたぶんだけ自信がつくんです。だから極論ですが、今は車が突っ込んできても怖くはありません。
――車が突っ込んできても大丈夫とは! 一方で、坂崎さんはプロレスラーとして華麗な空中技による攻撃を得意としていますよね。場外へのダイブなどは怖くないんでしょうか?
それも怖くありませんね。ひたすら練習してきたし、相手選手だって受け身の練習をずっとしてきただろう、という信頼がありますから。
▲日々の練習やトレーニングで、坂崎さんの手には"肉球"が。
――坂崎さんはもはや練習が趣味のような生活だと聞いたことがあります。練習量への自負があるからこそ、自分を信じられるということですか?
そうですね。ただ、いくら私が練習していても、その瞬間たまたまロープがゆるかったり、濡れて滑りやすくなっている可能性はあります。だから、飛ぶときの気持ちは「自分を信じる」というよりは「自分を信じすぎない」のほうが近いかもしれません。「自分も環境も信用しすぎちゃいけない。でも今ここは絶対に飛ぶんだ!」というか......。
――自分を信用しきっていないからこそ飛べる?
むしろ、ひとつの試合中に「自分を信じる/信じない」のスイッチを細かく切り替えているから飛べる、という感覚ですね。「練習してきたから大丈夫だ。だけど油断しないぞ」の時もあれば「ちょっと位置が悪いな。でも大丈夫だ、やってみよう」という時もある。信じると信じないの間に自分を置いています。
気持ちをそらすよりは、考えきることでリセットする
――普段仲の良い選手が対戦相手になることもありますよね。どういう感情で試合に挑んでいるのでしょうか?
リングの中は不思議なもので、相手を信頼していれば信頼しているほど、より強くぶつかっていけます。むしろプライベートでも仲の良い相手のほうがガンガンいけます。
――仲が良い相手でも対戦前はちょっと距離を置いたりするものですか?
それは相手にもよりますが、ベルトが懸かるような試合だとお互い自然と距離を取りますね。で、試合が終わったら、またしゃべる。今年開催されたさいたまスーパーアリーナの試合後は、対戦相手だった山下実優(東京女子プロレス所属選手)をぶん殴ってやりましたよ(笑)。
▲2021年6月、さいたまスーパーアリーナにて開催された山下美優選手との対戦。坂崎を抑え山下が勝利。
――今年2021年6月に開催されたさいたまスーパーアリーナの試合は、ベルトを懸けた大勝負でしたね。
だからこそ腹の虫が収まらず、楽屋でも思わず張り手をバチーン! と。直前までお互い真剣に戦っていたのにね。プロレスラー同士って独特な距離感なんです。
――試合後に平常心に戻るために意識することはありますか?
「自分のことが許せる/許せない」で切り替え方は変わります。勝ったとはいえ試合内容に納得がいかなかったときは、「あれをこうしていればよかった」みたいにぐだぐだ引きずっちゃう。
でも負けたとしても、「あの瞬間のあれがバチンとハマって客席がドカンと盛り上がった」みたいに自分の100%を出せた実感があれば、その日は気持ちよく寝られます。自分の場合、勝ち負けとはまた違う部分に基準があります。
――その基準とは、お客さんの反応ですか? それとも自分の中での評価ですか?
両方です。今は感染対策のためお客さんの声援は禁止されていますが、客席の熱はしっかり伝わります。やっぱりお客さんの存在って本当に大事なんですよ。自分に向かってビビビと何かが飛んでくる。それがないと続けられない仕事だと思います。
――"プロレスラー坂崎ユカ"はアニメから抜け出してきたような明るいキャラクターなので、「ぐだぐだ引きずっちゃう」というのには少し驚きました。
本当はけっこう考えこんじゃうタイプです。引きずったときは、ジムで有酸素運動しながら「あのとき、ああしていれば......」とかずっと考えて、ジムのサウナでもまた考えているうちに疲れてボーッとしてくるから、そこでやっと「練習するか!」と切り替えられます。気持ちをそらすよりは、とにかく考えきることでリセットしています。
アドレナリンが出にくい体質? 「緊張できない」が課題
――リング上の坂崎さんはどれだけ大きな試合でも、伸びのびと動いている印象があります。先ほどおっしゃっていたさいたまスーパーアリーナのような大きな試合でも、緊張はしないんですか?
緊張......。うーん、緊張とは別だったかもしれない。むしろ「この大舞台でも私はドキドキが上がりきらないんだ」っていう恐怖を感じました。入場後はセコンドの瑞希やしょこた(中島翔子選手・いずれも東京女子プロレス所属選手)に手を握ってもらったりして、なんとか試合開始の実感を高めていきました。
アドレナリンが出にくい体質なのかな? いつからか試合前でもテンションが上がりきらなくなっちゃって......。ビッグマッチのときも緊張しないので、せめて入場直前にバチンと自分に張り手をするようにしています。
いろいろ試した結果、わりと痛みは引き金になってくれることがわかりました。あとは技がバシッと決まったときもアドレナリンが出やすいですね。
――緊張しないのは良いことのように感じますが、坂崎さんにとっては「良くも悪くも」なんですね。
自分としては、直せるなら直したい部分です。アドレナリンが出ていると痛みをあまり感じないで済みますが、私は何発かくらわないとアドレナリンが出てこないので、序盤のダメージが蓄積されてしまう。
もちろん緊張のせいで動きが悪くなることもありますけど、緊張のおかげで普段以上の力を出せることもありますよね。その「良い緊張」と「悪い緊張」の境目は自分でもまだ解明できていませんが......。うん、緊張できるようになりたいです!
――もしかして、子供の頃から緊張しない性格ですか?
いや、小学校の100メートル走ではすごく緊張していました(笑)。プロレスだって新人の頃は緊張していたのになぁ......。はっきりしたタイミングは思い出せないんですが、5年くらい前に試合で負けて「魔法の国へ武者修行」に出たんですよ。武者修行から帰ってきたとき、強くなった代わりにアドレナリンが出にくくなったのかもしれません。
――「魔法の国」で鍛えてきたんですね。
やっぱり思い返すと、最初のうちは試合中リングに立っているだけでも精一杯でした。それがだんだん周囲を見る余裕が生まれ、対戦相手の疲れ具合やお客さんの反応などがわかるようになってきたんです。良くも悪くも緊張しなくなったのはそこからですね。
――近年は海外遠征も増えています。初めての会場や対戦相手でも緊張しませんか?
緊張はしませんが、焦りは感じます。「緊張」は心拍数がドキドキ上がって体が熱くなる感じですけど、「焦り」は具合が悪くなる(笑)。入場口も試合順もはっきりわからないまま、「はい今です!」みたいにリングに上がりますから。でも海外遠征で適応能力はついたと思います。
――焦りは感じるとしても、海外遠征でも緊張しないとは......。
ね。「私はいつドキドキできるんだろう?」と思います。
――そんな坂崎さんが最初からドキドキできるような試合がいつか行われることを楽しみにしています。
たしかに! 今の私が全く予想もつかないような対戦相手かシチュエーションが来るか、もしくは何かを克服できたときにドキドキするんでしょうね。
それまで諦め続けてきたから、もう諦められなくなった
――坂崎さんはもともと芸人志望で、そこからアイドルグループに加入して、プロレスにたどり着いたんですよね
アイドルといっても少し特殊なユニットで、プロレスっぽいテイストも含まれていました。そこで初めてプロレスに触れて、「私もやりたい」と思ってすぐ挑戦した。人生で一番大事な決断をできた過去の自分を「よくやった!」と褒めてあげたいですね。
――「私もやりたい」ですぐ行動に移せるのがすごい!
いや~、もともとは人前に出る性格でもないんですけどね。本来は流されやすいというか、自我がないというか......。私はテレビのチャンネルも限られているような地方出身で、ずっと不満を抱えながら育ちました。でも上京するのは親に反対されて諦めちゃった。それくらい意思が弱かったんです。一度は諦めたけど何年か過ごしているうちに「やっぱり東京に行きたい!」という気持ちが強くなって、そうなったらもう譲れませんでした。
最初に上京しようとしたとき、諦めずに動けていたら......とは想像します。でもあの数年間を無駄にしたからこそ、「これ以上は時間を無駄にできない」と考えるようになりました。それまで諦め続けてきたから、もう諦められなくなった。だからプロレスの世界にはすぐ踏み出せたし、デビューしてからもあまり迷った瞬間はないかもしれません。
――じゃあ挫けそうになった場面もなく?
空中で一回転しながら、マット上に倒れている相手に向かってダイブする「ファイヤーバード・スプラッシュ」という技ができずに心が折れかけたことはありました。身体能力的には絶対できるはずなのに、なぜかできない状態が数年続いていたんですよね。それでも諦めなかったのは、ひたすらファイヤーバードという技への憧れです。でも去年5月、道場でひとり練習していたら急にできるようになって、「この数年は何だったんだ?」って(笑)。
突然できた理由は全然わかりません。でもコロナ禍で興行がどんどん中止になって団体の存続も不安な時期で、「私からプロレスを取ったらどうなる?」っていう焦りが良い方向に働いたのかもしれません。ずっと焦りで上手くいかなかったのに、最後は焦りで成功した。同じ「焦り」でも何か違いがあるんだろうけど、やっぱり自分では解明できていないなぁ......。
――焦りにも「良い/悪い」があるんですね。では、坂崎さんがそうやってストイックに技へ挑み続けることのできるモチベーションについて、最後に教えてください。
「自分の持っている能力を全て使い果たしたい」という感情です。ファイヤーバードと同じで、理屈の上では可能なことっていうのは、まだたくさんあるんですよ。さらなる飛び技とか、タッグでの連携技とか。やれるはずのことは全部やりたいです。あとは東京女子プロレスの若い世代が育って頼もしいので、その子たちがどんどんベルトに絡んでいって、その盛り上がりが集客などにも繋がって、団体がさらに大きくなっていくとうれしいですね。
■プロフィール
坂崎ユカ
東京女子プロレス所属。2013年12月1日、東京・北沢タウンホールでデビュー。魔法少女を自称し、甲高い声と抜群の身体能力の持ち主。その唯一無二のファイトスタイルを評価され、アメリカAEWにも参戦している。瑞希とのタッグ"マジカルシュガーラビッツ"でも人気を博している。
<写真 試合告知>
『ALL RISE '21』
11月25日(木)後楽園ホール
開場18:00 開始19:00
詳しくはオフィシャルサイトへ
https://www.ddtpro.com/tjpw
写真/yoshimi
取材・文/原田イチボ
初心者でも楽しめる!
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