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心を鍛えることで楽に負けられるようになった
トレーディングカードゲームや将棋、囲碁、麻雀など、ポーカー同様に高い思考能力を用いて競われる「マインドスポーツ」。当連載「マインド加圧トレーニング」では、各分野のプロプレイヤーが日々どんな練習をし、いかにメンタルと技術を鍛えようとしているのかを探る。 プロダーツプレイヤーとして、2019年・2020年の世界大会「BDO世界女子プロ選手権」で優勝を飾った鈴木未来氏。国内最強の女性プレイヤーとして名を馳せ、世界を舞台に一線級の活躍を続ける彼女が語るメンタルトレーニング法とは?
――鈴木さんは以前からインタビューなどでメンタルトレーニングの重要性をお話しされています。メンタルトレーニングの大切さに気づいたきっかけはなんだったのでしょう?
鈴木未来(以下、鈴木) 私がダーツのプロになって、一番最初にぶつかった"試合に勝てない時期"が2010年頃でした。その時に、技術や体力は日々練習しているけど、"心"の練習はまったくしていないことに気づいたんです。自分の中の"心・技・体"のバランスが崩れていて、"心"が原因で負けてしまうことが多いのでは、と。
――なるほど。"心"の練習をするために、まずはどういったことから始めましたか?
練習の仕方や強くなる方法もわからない状態だったので、まずはメンタルトレーニングの本をたくさん読んだりしましたね。
そして「自分がどこを目標にしていて何をしたいのか」「そのために何をしたらいいのか?」が曖昧だったことに気づきまして。最初に目標設定を行いました。
夢のような目標から、死ぬまでに達成したいこと、10年後の未来像などを細かく整理したんです。その上で、明日には達成できそうな目標を作り、逆算して、徐々に難しい目標を設定していきました。
半年後に振り返ってみた時、今の自分の達成度を確認できるような状態にする。この目標設定で、かなりメンタルトレーニングの精度が上がったように思います。
"心"の練習をするために取り入れたルーティーン
――メンタルトレーニングについて調べ、目標を設定してからは、どういったアクションを行なったのでしょうか?
鈴木 本の知識などから色々な方法を試してみたのですが、私が上手くルーティーンに取り入れられたのは次のような方法でした。
①自分の感情をコントロールする
ダーツという競技は対戦相手とは関係なく、自分の点数や状況が後にそのまま自分に返ってくる、言ってしまえば交互に個人競技をしているようなものです。ミスをなるべく引きずらず、また動揺や困惑がプレイに出ないようにすることが重要。
そこで普段の練習では、無意識に体が動くようにする練習と考えながら体を動かす練習、それぞれ半分ずつくらいの時間を設けています。
前者は、目に入ってきた情報に対して感情的に反応せず、体が勝手に動くような"ゾーン"の状態に入るためのトレーニング。ただし、ゾーンの状態は出そうと思ってもなかなか出てこないので、どんな状況下でもゾーンを作り出せるよう、普段から自分自身にプレッシャーをかけた練習をしています。
自分が出来ることの少し上の目標を設定した状況下で練習し、"焦り"や"怒り"といった自分の感情をコントロールする。このトレーニングを繰り返すことで、フラットな感情で試合に臨めるようになりました。
②調子が良い時の身体を言語化する
一方で、考えながら体を動かす練習では、調子が良かった時の状態や気持ちを言葉にして、書き出すようにしています。自分の身体を言語化することで、どうすれば"コンディションが良い状態"なのかを、自分自身が改めて認識するイメージです。
このトレーニングを行うことで、試合時に自分のコンディションを相対的に判断し、自分の調子が良いのか・悪いのか、また悪い場合はどのようにすればフラットになるか......という軌道修正も行えるようになりました。
③マイナスをシミュレーションする
試合が近づいてくると、当日に忘れ物をしたり、会場にたどり着けない......といった、試合には直接的に関係ないけれど、実際に起きたら困るような夢を、頻繁に見るんです。だから、試合に臨む前の不安要素を自分の中で全てシミュレーションし、本番では何が起こっても慌てないようにします。
――自分の感情や不安要素を客観的に観察し、事前にフラットな状態にしておくことが、鈴木さんの"心"の鍛え方なのですね。では、試合中の感情を調整するために行なっていることはありますか?
△画像提供:(株)ダーツライブ
鈴木 無心になれるように「深呼吸」や「ちょっと上のほうを見る」といった簡単な動作をすることが多いです。
すごく集中したい時は下を向いて深呼吸をし、思考をポジティブな方向に持っていきたい時には上を向くようにしています。
特に上を向く際は、予め試合中の壇上から見える位置にあるモノで目印になるものを決めておき「そこを見たら自分は落ち着ける」という自己暗示をかけておくんです。試合中に心が動揺してしまった時には、その目印を見たりすると、自然とリラックスできるようになりました。
"自分にできること"を優先するようなメンタルを備えること
――長年ダーツに挑み続けていると、試合に負けてしまう瞬間に遭遇すると思います。そういった時、鈴木さんは試合結果をどのように捉えるのでしょうか?
鈴木 人前では「悔しい」って気持ちをあまり出したくないので、負けた試合については一人の時にしか考えないようにしています。結果は何をしても覆らないですし、負けた瞬間からそれはもう"終わったこと"でもある。一人の時に考えて、負けた悔しさを小出しにしながら、練習につなげています。
あとは、自分の趣味を楽しむことで、マイナスの気持ちを溜め込まないようにしています。やはり、ダーツを競技や仕事でプロとしてやっていこうと思うと、モチベーションの維持も大変です。だから、趣味を楽しむことで気持ちをリセットして、また次から頑張ろうと思うようにしています。
"心"の練習を行うようになってから、そういった"リセット"の考え方も身につきました。元々"なんとかなる精神"は持っていましたが、メンタルトレーニングをするようになって、より楽観的になったかもしれません。ダーツだけでなく、いろんな物事に対する考えも徐々に変わってきます。
例えば、試合が近い時にラッキーなことが起こったら「試合も上手くいきそう!」って思いますし、悪いことがあったら「今のうちに悪いことが起きて良かった」と考えたりします。
今はまだマイナスの感情に動かされることもありますが、考え方を突き進めればもっと"楽に勝てるし、楽に負けられる"かもしれません。
――"楽に負けられる"とは?
鈴木 勝負事なので、勝てる時もあれば負ける時もあります。勝者は大抵1人で、ほとんどの人が負けてしまう。この変えようがない事実をスムーズに受け入れることです。
私は、自分にできることができて、それが上手くハマった時に勝てるんだと考えています。もし"勝ち"にこだわるあまり、自分の出来ることがしっかりと出来ていないのであれば、それは心が伴っていない。
勝ち負けを意識しすぎず、"自分にできること"を優先するようなメンタルを備えることで、結果に対する感情の揺さぶりを抑えることができるようになると思います。
――ポーカーをはじめとするマインドスポーツのプレイヤーも、まさに感情を揺さぶられたり、動揺したり......といった"心"の動きが、勝負を左右します。感情のコントロールに悩むプレイヤーへ、最後にアドバイスをお願いします。
鈴木 私の場合は「"心"を鍛える=自分の感情をコントロールすること」でした。感情の起伏が激しくならないようフラットにすることが、自分のメンタルコントロールの理想なんだと気づきました。
一方で、自分の感情をそのまま技術に載せたほうが強いプレイヤーもいるはずです。なので、自分なりのメンタルトレーニングの方法に気づくことが大事だと思います。
また、自分にあったメンタルトレーニングを通じ、集中力を細かくオン/オフできるようにもなると思います。
人はずっと集中力を持続させることが出来ません。しかしダーツの試合では、相手の勢いがすごい時には自分が出来ることをやった上で、こちらに良い流れが来るのを、ひたすら根気強く待つことがあります。
これはポーカーにも通じると思いますが、相手にとって良い流れの時、こちらが焦ることで試合の流れが好転した試しは一度もありません。冷静に流れを見極め、集中力を保つことも、試合時に"自分にできること"を発揮するために重要だと思います。
■プロフィール
鈴木未来(すずき・みくる)
1982年、大阪府生まれ。26歳の時にダーツと出会い、2011年にソフトダーツでプロ資格を取得。2014年に初優勝を果たし、その後、国内で年間ランキング1位を複数回獲得している。また、2019年、2020年とダーツにおけるワールドチャンピオンシップのひとつ「BDO世界女子プロ選手権」で優勝。第一線で活躍を続けるプロダーツプレイヤー。
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