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「頭が真っ白に」ならないための脳科学

テキサスホールデムをはじめ、将棋や囲碁などの高い思考能力を伴う「マインドスポーツ」にまつわるギモンを、専門家が紐解く連載「マインドスポーツアカデミア」。 今回は脳とストレスの関係を研究する東邦大学理学部生物学科神経科学研究室の増尾好則教授に、「頭が真っ白になる」仕組みやその対処法、また香りによるストレス軽減効果などについて話を聞いた。 ポーカーをプレイしているとき、予想外の状況にぶつかって頭が真っ白になってしまう場合、どのように冷静さを取り戻すべきだろうか。

――増尾好則教授は普段、どういった研究をされているのでしょうか。

増尾好則(以下、増尾) 大きく言うと、ストレスが脳に及ぼす影響について研究しています。

ストレスを引き起こす刺激には精神的なものだけでなく、物理的、化学的、生物的なものまで、さまざまな種類があります。

例えば、環境化学物質や気温、栄養不足やウイルス感染なども、すべてがストレス。そして一言にストレスと言っても、「不快ストレス」だけでなく生体にとって良い「快ストレス」もあり、人間の健康状態は両者のバランスによって変わってきます。私たちは生まれてからずっとストレスにまみれて暮らしているんです。

ヒトはストレスを受けると、元気がなくなったり青ざめたりといった非特異的な全身症状、つまり"誰にでも出うる症状"が起こります。これを"ストレス反応"と呼びます。私はこうしたストレスを受けた時、脳内で実際に何が起こっているのかを調べています。例えば、香りとストレスの関係についての共同研究なども行っているんです。

――ポーカーのゲーム中も、真剣勝負であればあるほどストレスが大きいです。緊張した時や興奮した時には「頭が真っ白になってしまう」こともあります。これもストレス反応の一種、ということでしょうか?

増尾 その通りです。脳の中で理性的な判断をする機能を担っているのは、大脳皮質の一部である「前頭前野」です。一方で、脳の深部には「大脳辺縁系」と呼ばれる場所があり、ここに短期記憶や認知機能を司る「海馬」、長期記憶や情動/恐怖記憶を扱う「扁桃体」があります。

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脳がストレスに晒された時には、まずこの扁桃体の働きが活発になります。そうすると、恐怖の情動記憶が強まってきて、人は不安に陥ります。また、一時的に交感神経の神経伝達物質が活発となります。これを「交感神経が優位な状態」といいます。

交感神経が優位な状態、つまり緊張状態になると、人間は「闘争か逃走の反応(fight or flight response)」を示します。

心拍数や血圧が上がり、末梢血管は収縮し、瞳孔が開いて視野が狭くなって、相対的に理性的な機能を司る「前頭前野」の働きは低下する。これが、いわゆる「頭が真っ白になった状態」です。

人間が狩猟をして強大な敵に立ち向かうため、進化の過程で対応した結果だとされています。いずれの反応も、逃げたり戦ったりする際に都合の良い反応と言えます。

――ストレスがかかり「闘争か逃走の反応」が生じると、考える能力が低下してしまう、ということですね。

増尾 興奮状態になると落ち着いてものを考えることができず、知性・理性的な部分が通常通り機能しなくなってしまう。マインドスポーツプレイヤーとしてはパフォーマンスが下がった状態といえるでしょう。

「頭が真っ白」にならないための予防策とは?

――マインドスポーツをする上で、「頭が真っ白になる」状態は避けるべきものです。こうした緊張や恐怖に対して強い脳になることは可能ですか?

増尾 「ストレスに強くなる」ためには、ストレスに対する応答が悪くなればいいので、鈍感になってしまえばいい、ともいえます。しかし、鈍感とは脳機能が低下していること。マインドスポーツにおけるパフォーマンスの低下につながってしまいますね。

一方で面白いのは、トップアスリートの場合「闘争か逃走の反応」が上手くパフォーマンスにつながり、より反射的に体を動かせるようになる場合もあります。

頭でものを考えるのではなく、日頃の反復練習やイメージトレーニングを通じて、興奮状態の中でも体が思った通りに動くよう鍛えている。あえて、頭の中を真っ白にして、考えるよりも先に反応できるようにしているのです。

そのため月並みな言い方ですが、練習を重ねることで勝負への不安感や恐怖心を乗り越えられる脳にするのが良いと思います。

練習をして、自分に自信をつけてポジティブ思考をすることが大切です。何事も未知の状況から受けるストレスは強いですが、たくさんの経験や練習を積み、"未知"をなるべく減らすことで克服できるのです。

――様々なパターンを事前に経験しておくことで、パニックに陥る可能性を低くするということですね。

神経科学的には「図太い人は海馬が大きい」ともいえます。最近では、記憶を司る海馬の神経は、人が死ぬまで再生することもわかってきました。

もし人生の途中でストレスによって鬱病になると海馬が委縮してしまい、認知機構は低下します。ただ、それでも記憶力の良い状態に戻すことはできる。ストレスがあまりかからない環境を整えて海馬を大きくすることが、何事にも動じないようなメンタルを鍛えることに繋がるかもしれません。

――では、もし突発的に「頭が真っ白になってしまった」際の対処法はありますか?

増尾 ストレスを感じている状態から平常時に戻すこと......つまり「交感神経系が優位な状態」で起こる心拍数や血圧の上昇を抑制し、とりあえず心を落ち着かせる、といった対処療法は可能だと思います。

医学的には、深呼吸によって血圧を下げられますし、頸動脈には血圧を調整する圧受容器があるので、首や肩を揉むことでも血圧は下がります。

心拍数や血圧を抑えるアクションを起こし、なるべくリラックスした状態へと戻すことが、緊張緩和に繋がるのではないでしょうか。

好きな匂いを嗅げば、冷静な思考も可能に?

――深呼吸や肩周りをほぐすのと同じように、アロマやお香で気分をリラックスさせることもありますよね。頭が真っ白になった際に、香りを嗅ぐのも有効な手法になるのでしょうか?

増尾 長期的にプレッシャーがかかる状況のような、一定期間持続的に与えられる慢性ストレスに対して、抑制効果があるとわかりました。

香りには急性ストレスを抑制する効果もあります。最近では、出産時の妊婦さんに安心してもらうためにアロマを焚いたりと、臨床現場で香りの効果を利用するケースも見受けられます。

ですから、頭が真っ白になった時にも、自分の好きな匂いを嗅いで落ち着こうとするのには一定の有効性があるでは、と思います。

――匂いを嗅いだ際、脳内ではどのような作用が起こっているのでしょう?

増尾 匂いを嗅いだ時の脳の仕組みとしては、匂いのもととなる揮発性物質(分子)が人間の嗅覚神経にくっついて受容体を刺激し、扁桃体や海馬にまで嗅覚情報が届きます。その刺激がストレスを抑制すると、ドーパミン神経をはじめとする神経が活性化されます。

特に、コーヒーやラベンダー、またαピネンが多く含まれるヒノキの香りなどは、慢性ストレス軽減の効果が高いとされています。

コーヒーの専門家に言わせるとコロンビアの香りが一番好まれるそうなのですが、ラットの実験でもコロンビアの匂いを好むラットが多いといわれています。人もラットも、匂いの好みはあまり変わらないのかもしれません。

――万が一パニックになってしまった時には「好きな香りを嗅ぐ」というのも、落ち着くために有効な手なのかもしれません。ポーカーをプレイする上でも、ストレスに上手く対応できるようにしたいですね。

増尾 日々のトレーニングも義務感だけで続けるのでなく、楽しむことで快ストレスにしてあげることが大事です。脳にとっては、前向きに楽しく活動するのが一番の薬だと思います。

■プロフィール

増尾 好則(ますお・よしのり)

東邦大学 理学部 生物学科 神経科学研究室 教授。専門は神経科学。1990年にパリ第6大学 大学院神経科学専攻 博士課程修了、PhDを取得(パリ第6大学)。1994年には博士(医学)を取得(東京大学)。その後、製薬企業の研究部門や国立研究開発法人・産業技術総合研究所などに所属。05年には、同研究所にて香りが脳のストレス応答に及ぼす影響の研究を開始。2010年より現職。

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